私の新しい顧客である佐藤ケン氏(仮名)は、テーブルの向こう側から私の目を正視し、「仕事って、こんなはずではなかったんですが」と訴えてきました。
大抵の人は、ケンを成功者だと思うでしょう。若干37歳にして、誰もが成功と呼ぶものを手にしていました。私達二人がそのとき座っていたのは、東京で最も新しい高層ビルの39階にある重役会議室で、巨大なマホガニーのテーブルをはさんだ10万円の椅子だったのですから。にもかかわらず、大手の保険会社の社長という立場にありながら、彼はちっともうれしくありませんでした。自分の仕事人生をもっと改善したいと真剣に訴えてきたのです。
彼は、仕事とはこうあるべきという理想を持っていました。でも、現在の仕事はその理想とはかけ離れていました。そんな大会社の社長であることは、一見素晴らしいことに思えますが彼に言わせると、1つ問題が解決すればまた別の問題が起きる繰り返しなんだそうです。
夜中の会議電話もあれば、政府規制機関の調査もあり。収益性が上がっても下がっても理由についてアナリストと話し合ったり、その地区の最高経営責任者からひっきりなしに送られてくるeメールにはすべて「緊急」と書かれていたり、といった具合です。あまり忙しくない日もありましたが、そんなときは逆に退屈でした。
社員のことも、ほとんど自分が雇ったにもかかわらず、嫌いなんだそうです。封建的すぎるか無能だと言います。彼に言わせると、上司が一番ひどいらしいです。上司のことを「管理狂」と呼んでいました。シンガポールからでも、一々うるさく指示してきたそうです。
最初の頃は、ケンの話は大変ショッキングでしたが、今ではもう慣れました。ケンみたいな人は、そこら中にいます。銀行家、弁護士、医者、準教授、ハイテク実業家などなど、皆、いわゆる高収入の錚々たる職業についていましたが、一様に「こんなはずではなかった」と思っています。忙しすぎる、暇すぎる、ごたごたに悩まされている、能力が十分に生かせていない、大きなプレッシャーを抱えている、勉強が足りない、などなど。要するに、「こんなはずではなかった」、理想の仕事人生とは程遠いと思っているのです。
ほとんど皆、他に何が出来るのか、どんな打開策を講じればよいのか、悩んでいます。「考えなくてもいいように忙しくしています」という人や、「眠れない」とか「その悩みが頭から離れない」という人もいます。「転職したい」という人もいれば、「仕事は好きなんだけど、上司が嫌い」という人もいます。「顧客、売主、あるいは従業員にムカつく」という人もいます。
でも私は、転職は勧めません。転職は一般的な解決策なのでしょうが、転職したからといってうまく行くとは限らないからです。これまで何度も見てきた経験からして、転職しても、一年以内にまた以前と同じような問題に直面しています。根本的な問題を解決しない限り、同じような不平不満の繰り返しなだけです。
休暇を取ることも勧めません。休暇は、ほんの一時的な解決策でしかなく、状況は何も変わりません。ほら、休暇明け一日もすれば、前と何も変わらなくなるでしょう。顧客の中に、毎週末、東京を離れて温泉や高級ホテルで過ごす人がいます。「仕事は地獄。だから逃避しないと」と言って。温泉や高級ホテルは楽しい所ではありますが、その旅行は楽しむためというよりも、むしろその週のことを忘れることが目的になってしまっています。そんなことをするよりも、「もっと自分が満足できる働き方を考えたらどうでしょう」と私は提案します。
また、「ひどい家族ですね」とか「イヤな上司ですね」などとも言いません。誰でも自分を支えてくれる人が必要ですし、色々な人たちとうまくやっていく術を身につける必要がありますから。上司や顧客、そして仕事仲間とうまくやっていくことは、仕事の重要な一部です。
その代わりに私は、もっと理想の仕事を手に入れることはできるし、希望通りの仕事人生を手に入れることは可能なんだということを伝えています。ケンやその他大勢のケンのような人たちに対して、私は初っ端から非常に厳しい事を言いました。それは、根本的な問題点は自分の心の中に潜んでいるということです。
そうです。すべて原因は自分にあります。でも、なかなか素直には受け入れがたい考え方でしょう。
私達は得てして、自分の状況を固定観念にとらわれて判断しがちなのです。
原因はあなた自身にあります
私はよく、どうして理想通りの仕事人生を歩んでいない人がいるのだろうと不思議に思っていました。彼らは賢くて、あらゆる能力を備えていますし、高学歴で高収入、院卒です。実際、彼らにはすべてが備わっているように見えます。理想通りの仕事をすべきではないですか? もっといい人生を歩むべきではないでしょうか? 何といっても、仕事が人生に占める割合は大きいですから。
しかしながら、彼らは得てしてキャリアが第一、自分自身は二の次と思っています。考え方が逆です。まず第一にしなければいけないことは、自分自身を良く知ることです。それが理想の仕事を手に入れるための基本です。
新しい顧客には、必ず「どんなことをしたいですか? どのような仕事人生が理想ですか?」と尋ねるようにしています。まるで計算機を使わずに複雑なアルゴリズムを解いて下さいと言われたかのように、ほとんどの場合、答えはこうです。「さあ、わかりません。何がやりたいんでしょう?」
「理想はあるんですが、絶対に無理だと思います」という顧客もいます。「妻がそんな仕事に就くことは許してくれません」とか、「そんな仕事に就いたらホームレスになってしまいますよ」などと言う人もいます。でも、今は何が障害かを考えてる場合じゃありません。今こそ、自分の本当の願望は何なのかを考えるべき時なのです。
信念を変えることも、認識を広げることも可能です。過去でもなく未来でもなく、今この瞬間の現状を自覚して、今の信念や生活を一旦やめてみる心構えが必要です。
自分の理想を忘れてしまった人もいるでしょう。理想を叶えるなんて、絶対に無理だと思いこみ、心の中にしまいこんでいる人もいるでしょう。仕事が忙しすぎて、何がやりたいのか考える余裕がなかったという人もいるでしょう。自分の理想を人に話すと、実現できなかったときに失望されてしまうかもしれないと尻込みする人もいます。
「何がしたいか、よくわかりません」と言われても、私は信じないことにしています。いとも簡単にそう言いすぎます。そういう人は大抵、自分の理想が何か、本当はよくわかっているのです。あるいは、少なくともかつてやりたかったことはわかっています。でも、理想を持っていることを認めてしまうと、それを叶えるために行動を起こす責任が生ずるので、認めないのが安全策なのです。認めないで、理想を心の中にしまい込み、「わかりません」と逃げているのです。
[イラスト内の訳文]
「次はいつ休暇を取ろうかなぁと考えるより、逃避する必要のない人生にすべきなのかもしれません」 セス・ゴーディン
You can also read an English version of this post